産後のカーチャン 雑記

「そろそろ二人目を考えたい」と言えないまま、半年が経過した。

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一応、書き記しておこうと思い、エディターを開いている。しかし筆が進まない。シンプルな話ではないからだ。これを書こうと思ったのは金曜の夜で、全然思考がまとまらないため実際の着手は土曜の午前で、こういう時に楽な書き方・起承転結型でライティングを進めてやっと日曜の夜に公開しました。

はじめに。

この記事のタイトル『「そろそろ二人目を考えたい」と言えないまま、半年が経過した。』は、毎月毎月、「来月は言おう。」「来月は言おう。」と思いつつも言えなかったことをそのまま表した言葉だ。第一子を授かる前ほどのひどい焦燥感はないし、ひとりでもいいかなともふたりいてもいいかなと思っている。

子どもがふたりになると今より時間がなくなるし、好きなことができなくなりそうだし、いろんな意味で大変だろうなとも思う。それでも、ふたりいてもいいかなと思っている。新生児・乳児期の大変だった時を思い返しても、それでもふたりいてもいいかなと思っている。

だけど、子どもはひとりでは授からないし、育てられもしない。そこにはパートナーの協力がなくてはならず、どうにか理解し納得してもらいたいのだけど、そもそも生活していてそんな話をするタイミングがないのよね。朝起きて、出勤準備して、仕事して、保育園お迎え行って、お子サマーにご飯食べさせて、トーチャン帰ってきて遊ばせて、寝かしつけして1日が終わる。週末も自分時間の確保に走るか、お子サマーを預けてランチでも食べにいこうよと思っていても、ふらりと「映画行ってくる」とか消えてしまったり。

大人二人で何かをするとか、出かけるとか、全然ない状態で、家庭でも大人だけの会話がほぼなく、それぞれやりたいことがあって各人で時間を使っている。これ自体はとてもいいことだと思うけど、本件においてはコミュニケーション不足だなと感じています。ビール好きという趣向を通じて出会った私とご主人サマーですが、今はビールではなくお子サマーによってつながりを強化できているはずなのに、言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズンの関係なのだ。

その他、ご主人サマーの過去の発言が私の中で積み重なり、それが一因ともなっている気がするので、整理するために書き出してみる。

これまでの蓄積で、言い出せない。

これまでの生活で重ねる言葉の中で、相手の意思表示を感じることがあるわけですが、それが積み重なって言い出せないことがある。それが以下のようなところ。

そもそも二人目の話題が上がらない。

お子サマーが生まれて間も無く、ご主人サマーからこんな話を持ちかけられました。

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4m5d、ご主人サマーに「二人目、どう思ってるの?」と聞かれた。

先週、こんな投稿をしました。 寝る前の5分トークで何を話したのかというと、それは二人目のお子サマーについてです。ご主人サマーが急に「ゆきちゃんはさー、二人目どう思ってるの?」と話しかけて来ました。今年 ...

いま考えたら夢のような、いい時間だったなぁ。その後「二人目どう思ってるの?」という確認はなく、2年経過しました。ご主人サマーはしたいことをすぐ口に出すタイプなので、話題に上がらないといことは現状維持で満足または二人目を希望していないのだと思います。おそらく、このままではこの先も一生確認されないことでしょう。

二人目を欲しがっていない発言が多い。

時折、まわりから「もう一人くらい」とか「二人目は?」と聞かれることがあります。ご時世的にそういうプライベートな話題を持ちかける人は少ないけれど、極偶に。それに対し、ご主人サマーは以下のような回答としてきました。録音していないので全く同じ言い回しではなく、私視点の意訳となります。

  • お金がかかる
  • これ以上子どもがいたら飛行機とか大変
  • 僕も一人っ子みたいなものだったけど、十分楽しかったから一人でいい

あと何だったな。思い出したら追記することにして、上記だけでも二人目に意欲的ではないことを察します。ご主人サマーの言う通り子どもにはお金はかかるし、旅に出るのも今まで通りにはいかないし、一人っ子でも楽しいかもしれません。でも子どもって、家族を作るって、それらを凌駕するほどの楽しさ・安堵感があると思うんだよなぁ。なのでそれらの発言を聞いて、イマイチ腹落ち感が持てないのです。この点、価値観の大きな違いがあるであろうと思います。

イマサラ感が漂っている。

今の住居にはリビングの他に部屋が2つあり、寝室を2つに分けています。1つはお子サマーとカーチャン用、もう1つはトーチャン用です。寝室を分けたのは乳児期の夜泣きがきっかけだったように思いますが、当時のことは記憶が曖昧で正しい理由かは定かではありません。寝室を分けることのメリットもあれば、夜泣きがほとんどなくなった今はメリットはないようにも思います。かといってさしたるデメリットもわからないので、今のところ寝室を分けて生活している感じ。強いて言えば、親子3人でごろんと横になって寝る必要性がなく、ただ快適に睡眠をとりたいだけのように思います。カーチャンはクーラーや扇風機で涼しくして寝たい派で、トーチャンはクーラーつけて寝ると体調を崩す派というのも大きいかもしれません。

そんな現状から、いろんな意味でイマサラ感が漂っている様に思います。結婚以来、出勤時・帰宅時・寝る前にお願いしていたコミュニケーション的チューもいつしかすることがなくなったので、あー随分と扱いが雑になったなぁと自分の価値低下を感じるわけです。そんなあたしに時間をさいたり、気を使ったりはしないでしょうから、二人目ができるようなこともないわけです。いつからだったか、もはや忘れるほどにないわけです。

悲しく惨めでリアルに泣けてきたので次の理由に移ります。

高齢出産のリスクを言われる。

何ヶ月前か、少し前に二人目の話をやんわりと遠回しにした際、高齢出産のリスクを持ち出されました。私なりの意訳ですが、

  • 先天性障害を持って生まれたら育てられない
  • 出生前診断で障害がわかっても、ゆきちゃんは諦められないでしょ

とのことでした。これにはショックを受けました。出生前診断についてはいろんな考えがあり、どれが正解かなんて一概には言えないので、この場では深堀はしません。でも出生前診断で陽性だった場合、あたしがどう考えるかを勝手に決めつけられたことがショックでした。諦められないでしょ、って。たぶん彼は私を理解していなくて、かといってその時にならなければ私自身も答えがわからなくて、だけどこの時に「諦められないでしょ」と決めつけられたことがショックで、なんだか悲しい気持ちになりました。

そんなわけで二人目にはリスクが伴っていると彼は考えているようなのです。ただ、リスクなんてどこにでもつきまとっているし、第一子は今のところ健やかに成長しているけれど、この先何か大きな怪我や病気をするとも限らない。出生前だけでなく、出生後のリスクだってあるのになぁと思うのです。

マタニティパジャマの処分をすすめられる。

マタニティパジャマを処分しろ、という話をされたことがこれまでに何度かありました。あたしの持っているマタニティパジャマは冬物でサイズも大きいため折りたたんでも衣装ケースに入る余裕がありません。なので折りたたんでご主人サマーの寝室にあるデスクの上に置いておくことが多かったです。

  • マタニティパジャマ、メルカリで売ったら?
  • マタニティパジャマみたいの、どうすんの?(捨てないの?)

みたいなことを聞いてくるんですよね。メルカリで売れってことはつまり手元から放出することを意味するので、次の妊娠を意識していない発言です。でもマタニティパジャマ、ネットで買うのに苦労したんですよね。通販サイトではすぐ売り切れになるし、そこらへんで売ってるヤツは無駄にフリフリしてて嫌だったし... なので二人目の予定がゼロじゃない限り、処分したくないと思ってしまうのです。

私は、育児の不平不満をぶつけてきた。

これは私が悪いのかもしれないけれど、育児の不平不満をご主人サマーにぶつけることが多かったため、ご主人サマーに遠慮をしてしまうのです。最近はお子サマーの成長とともにだいぶ楽になったけれど、2歳になるまでは本当に大変でピリピリしてきました。それで幾度となく「ゆきちゃんは育児に向いていないよね」と言われてきました。それを聞いてまた自己嫌悪になるわけですが、話が逸れそうなので深堀は避けます。

ある日、そんな話をママ友にしたのです。ご主人サマーに育児に向いてないと言われる、と。すると「タカバシさん、そんなこと言うの!?育児に向いてる人なんていないよ!」とママ友が強い口調で言いました。育児に向いてる人なんていない... いない、だと!?細かい話はカットしますが、彼女自身も育児ストレスを抱えているのに、お腹には二人目を宿していました。そして「育児ストレスはある、だけど子どもはかわいい。そういうものだ」と言うのです。これには100%同意で。子育てに向いてる人の定義ってなんなの?それがどんだけの数いるの?と思ったりするのです。

だから二人目がいてもいいなと考えるけれど、これまで育児の不平不満をぶつけてきた結果、育児に向いてないというネガティブなレッテルを貼られているため、私とはもう新生児・乳幼児を育てたくないだろうなぁと勝手に考えています。これは確定的な話ではなく、あくまでも私の推論ですが、合理主義のご主人サマーのことなので、そうじゃないかと思うのです。だから話を持ちかけにくい。

諦める理由を、自分なりに探す。

上記の通り、いくつかの言われてきた言葉が積み重なっているのと、イマサラ感があるので、二人目はもう無理なんだなと思ったりするのです。無理なんだなという思いを強めるために、諦める理由を何個も用意しています。

そもそも授からないかもしれない。

第一子を授かったのは、相当な偶然だと思う。35歳の頃だったか、ウィメンズクリニック糸数でいくつか検査したことがあったり、オギノ式とかネット通販した排卵検査薬を使っても妊娠せず、そもそもタイミングも取れないことが多かったし、うちのお子サマーが生まれてきたのが不思議なくらいの偶然だったと思っています。となると、より一層タイミングが合わせられにくいこの現在の生活環境・家庭環境で、そうそう授からないだろうし、もはやハナから諦めた方がいいのだろうなぁと思うのです。

年齢。

あたしもご主人サマーも年齢を重ねて(言葉は悪いけれど)劣化しているだろうし、そうなると授からない可能性も低いだろうと思う。なので、もはやハナから諦めた方がいいのだろうなぁと思うのです。

身内の育児サポートがない。

お子サマーたったひとりの育児でさえも、あたしはヒーヒー言ってきました。上記の通り、それで「ゆきちゃんは育児が向いてない」と言われるわけです。二人目が生まれたら、お子サマー+新生児の生活がどうなることか、そりゃあもう想像したら大変そうなのは目に見えるわけで。もし近くにおかんとおとんがいたならば、そりゃ相当助かったと思うんです。お子サマーを預けたり、第二子の面倒見てもらったり。でも、それはできないわけですよ。うちの実家の両親に長期でヘルプを出せる環境ではない。トーチャン側の両親にも言える環境ではなく難しい。だったら、もはやハナから諦めた方がいいのだろうなぁと思うのです。

キャリアアップ/収入アップ。

いまあたしが抱えている問題として、「職種のわりに年収が低い問題」があります。これは沖縄だから・沖縄にそのスジの専門職がないから・そもそも能力が低いから、などの理由がありますが、ひとつずつクリアしていこうかなと向き合ってできる範囲で努力は重ねていこうと思っています。しかしいくら働き方改革が進んだとしても。キャリア面や収入面ではカーチャンは不利なんですよ。これはどうしても。そうなる構造になってしまっている。気がする。二人目不妊という言葉があるくらいなのだから。

であるならば、もう家族3人+1匹の幸せを最大限に享受すべく、いまの家庭環境でキャリアや収入アップするよう努力するのがいいのではないか。だから、もはやハナから諦めた方がいいのだろうなぁと思うのです。

それでも尚、「二人目がいなくてもいいのか?」と自問自答。

こうして言語化することで、複雑に絡まりもつれていることが整理されてく感じ。もう少し続けましょう。

子育て支援センターで一緒だったあの子が、お兄ちゃんになったとインスタで知る。

何かのハッシュタグを辿っていた時、見覚えのある子が出てきました。それは、子育て支援センターで一緒に遊んでいたお子さんでした。その家族は、いつの間にか妹さんが生まれていて、知っている子はお兄ちゃんになっていました。その家族のご両親は、子育て支援センターに来ている親御さんの中でも決して若い部類ではなく、失礼ながら、あたしと同年代もしくは上に見えていたんですよね。なので、二人目を真剣に考え、リスクを理解した上で早いタイミングで2人目を作ったのだな、と思いました。子育て支援センターには時折お父さんもきていたので、育児だけでなく二人目にも意欲的だったのでは?と勝手に思いました。実際のところはわからないので、様々な苦労があったのかもしれません。

この家族にネット上で再開し、3人家族ではなく4人家族でもいいんじゃないのかなぁと思いました。そこに明確な理論的な理由はいらないと思うんですよね。強いて言えば、うちのお子サマーとアンパンマンのおもちゃを取り合っていたあの子がお兄ちゃんになった姿を見て、うちのお子サマーがお兄ちゃんになる権利を親の努力なく取り上げてもいいのだろうか?と勝手に考えたのが理由といえば理由です。

第二子妊娠のママ友に思う。

最近、第二子を授かった話や、第二子を出産した話が増えてきました。彼女らの年齢は私と比べて5〜10才ほど若く、若いうちに子どもを作って正解だよと心底おめでとうと思っています。二人目を望んでいた子には「よかったね、二人目欲しがっていたもんね」と率直に伝えることができました。一人目が生まれるまでは、そんなことを心底言える余裕がなく、ただただ羨ましい気持ちでいっぱいだったんですよね。ほんと心に余裕を作ってくれたお子サマーに感謝。

二人目を妊娠/出産した子たちは、たまに「ユッキーさんは、二人目作らないの?」と聞いてきます。もしくは聞きたいけど言葉を選んでいるように感じるので、こっちから吹っかける時もあります。そのような時はだいたい「二人目欲しいと思うけどね〜、年齢的にももうすぐ40だしね」とし、次いで「それに、旦那さんが欲しがってる感じがないんだよね」と続けます。嘘でも偽りでもなく、私が見ている状況をそのまま伝えています。

だけどね、やっぱ気持ちのどこかで「いいなぁ」って思うわけです。生きるって難しいね。政治家は「最低でも3人産め」つって、失言で辞任に追い込まれたりするのに、3人産んでもいいよーって思ってもできるかどうかなんて試してみないとわからないし、産みたくても産めない年齢になってしまう。なんでこんなに複雑な思いを抱えて生きねばならんのか。「希望していたより早く二人目ができてしまって、予定外」なんて、幸せな予定外なのだよね。

素直に「二人目欲しい!」と言葉にできる人が羨ましい。

これは一人目の時もそうだったかもしれないけれど、「二人目を考えている」だとか、「二人目が欲しい」だとか、素直に言えるカーチャンが羨ましいのです。ポジティブに話す人の多くは自然妊娠で年齢も若く、層願うのが難しくない環境なケースが多いのだろうなと感じます。この点は、本当に羨ましい。若さとは、能力の一つなんですよね。歳を重ねることは恥じることではないし、先に能力の限界を迎えるのは先に生まれたものの使命でしかない。そして人との巡り合わせや生命を授かることというのは、自分の意思だけではどうにもできないこともあるので、全員を並列で語ることはできない。

余計なことを考えずにいられる二人目に自然と意欲を持てる若い世代が羨ましい。これは、本当に、素直に羨ましい。妊娠経験者なのに、能力の問題ではなく環境的にどうしたら妊娠できるか、全然わからない。

お子サマーが大人を相手にするだけの生活でいいのか。

お子サマーは大人が好きなようです。そりゃそうだ、先回りで察してくれて、何をするにも楽だもの。泣けば面倒も見てもらえる。だけど、世の中ってそういうものじゃないってのは、大人にはわかる。先を見据えると、子ども同士のコミュニティを与えるのがよいのでは?と思うのです。助けたり、助けてもらったり。喧嘩したり、仲直りしたり。一番の時もあれば、二番の時もある。理不尽なことも多く、話が通じず泣かされることも多いかもしれない。自分だけじゃなく、下の子の手間もかかるかもしれない。だけど、生きていくってどんなシーンでもそういうものじゃないのかなって思うし、だったら大人に囲まれてばかりの生活だけじゃなく、免疫をつけるためにも二人目がいる生活がいいんじゃないかなって。

早生まれのお子サマーは、小中学校と遅れて発達するはずです。勉強とかはあとから挽回ができるけど、人との交流は早くからコミュニケーションの練習を取ってもいいんじゃないかなって思うんですよね。保育園はそれに大きく役立っていると思うけど、家庭に戻ると甘えてしまうので、家の中でもある程度人間関係が保てる状態を作ってあげたいなと思ったりします。

結論。

ここまで6900文字あまり言語化してきましたが、結局は家族の、夫婦の問題だったりして。家庭の問題だとしたら、自分の考えだけでは偏った答えになってしまうんですよね。

いろいろ抱えて、やりたいことが多い中で、どれも同時並行している理由。それは、単に欲張りな性格というのもあるけれど、今しかできないことが多いから。妊娠・出産・子育ては年齢的な観点で、いま短期的に向き合うしかないんですよね。日々劣化していく自分の能力・機能を理解し、リスクを受け入れて対応しなければ。

とりあえず、飲みに出ているご主人サマーが帰ってきたら、「二人目、どう思っているの?」といつか聞かれた口調そのままに声をかけてみようかなと思っています。切込隊長ことやまもといちろう氏のように、46歳で4人目のお子さんが生まれることもあるかもしれませんので。ここに書いて自分を追い込まなければならんくらいには、勇気のない自分なのです。

途中、酒を飲んで要領の悪い書き方をしている部分も多数ありますが、推敲せずにこのまま公開します。なんせお子サマーの寝かしつけが控えております故。
終わり。

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