先日、スキルス胃がんで胃全摘したユッキーです。
5年生存率を上げるブログ内の「わたしとスキルス胃がん」では42歳でスキルス胃がんになり、入院・手術・術後の抗がん剤治療をする中で思ったことをまとめています。この記事では、現在治療中のわたしが、闘病をする中で感じる「孤独」について書いてみたいと思います。患者さんによって様々なケースがあると思うので、n=1としてお読みください。
現在、わたしは自宅療養の身
入院・手術を終え、退院後は有給休暇を取ったり休職に入ったわたしは、現在も自宅療養中というステイタスです。
会社をお休みして自宅療養をしていると、限られた狭い範囲での人間関係で生きることになります。
わたしの退院直後を思い出してみると、リアル社会だと主に家族、子ども関連、通院先の医療従事者。時々お仕事関係の方からの連絡もありますが、基本的に業務連絡で、密な会話はありませんでした。インターネット上ではSNSまわりがメインで、時々フォロワーからいただくリプライやDMへの返信、あるいはブログに設けているメールフォーム経由で読者とのやり取りがあったりなかったりラジバンダリです。
特に退院直後は、友達と直接会ってごはんを食べたり、ビールを飲んだりの会話というのは、とても少なかったです。これ、仕方ないですよね。なんせ新しい食事ルート(食道から小腸を通過する経路、いわゆるルーワイ法)が開通したばかりで、自分も何を食べて飲めるのかも不明ですし、外食中に想像していない事態になったら大変ですから。
なので、当時は新規開通したばかりの食事ルートに慣れさせようと、基本的に家に篭って生活していました。現在は術後4ヶ月を過ぎ、食べられるものが増えてきて、お昼や夜に友達と会う機会も増えています。そこまで到達するまでは、本当に大変だったなぁ。
「孤独」は退院後にやってきた
入院当時は毎日看護師による検査や処置、外科の先生たちの回診、理学療法士とのリハビリなどがありました。胃全摘後の食事が始まると、管理栄養士からの指導もあったなぁ。毎日のように新しくやること・覚えること・慣れることがいっぱいで、その合間に闘病ブログの準備をして。
おかげで入院して寂しいとか、病気が怖いとかは全然なくって。むしろ「入院すると、24時間、自分(の治療)だけの時間だー!」という開放感さえ感じていました。(その裏でお子サマーが寂しい思いをしていたこと、フォローのために北海道から飛んできたおとん・おかんに心配と迷惑をかけたこと。この2点については、話が逸れるのでここでは割愛。)
術後の経過は良好。予定通りの退院日を迎え、自宅療養が始まりました。少しずつ日常が戻り始め、ヘルプに来てくれていたおかんも北海道に帰り。そんな中「これは孤独な戦いだな」と気付いたのは、抗がん剤治療が始まってからでした。
なんせ、がんの病状や抗がん剤、そして副作用について、まわりに詳しい人がほとんどいないのです。知識ゼロベースな人に説明したところで、ピンとくることは皆無だし、わたしもうまく説明できなかったしで、会話がややこしくなるだけでした。
理解度高く話を聞いてもらえたり、納得感のあるアドバイスをもらえるのは、がんサバイバーの先輩くらいなんですよね。それがわかって「ああ、これはなかなか難しい状況に立ってしまったのだな」と思いました。そして、境遇が同じだからこそ理解を得られる場として、各種がんの団体や、自助グループみたいなものが存在するんだなぁと気付きました。病院側がそれらの冊子を配ったり、がん経験者のピアナースを紹介してくれたのは、そういった孤独を回避する目的なのでしょう。
がん治療中のわたしの不安や孤独
手術を経て治療にあたる間、思うことが多々ありました。箇条書きで振り分けると、おおよそ5つのカテゴリに分けられるように思います。
①体調の高低差が激しい
- 病状は人それぞれ。自分の状況を完全に理解できるのは自分だけ。
- 本人は体調が良いと思っても、血液検査の結果、免疫機能の著しい低下が見られ、入院かも…ということもあった。
- 日や時間によってできることが変わる。状況の予測が難しい。
- 食事によっては血糖値のアップダウンが起こりやすく、ダンピング症候群が起きたり起きなかったりする。
- 休薬期間中のわたしは、体力が戻ってかなり元気。でもまわりは心配している。申し訳ない。
②病気や抗がん剤治療の不安
- がんの種類やステージ、使用する抗がん剤により、副作用が全く異なる。全てのがんを一緒くたにはできない。
- 抗がん剤が合わない場合、別の薬へと変更することも。その際、体の回復を待つ必要があり、時間がかかるので社会復帰への不安が増す。
- 抗がん剤の副作用は人それぞれなので予測が難しく、プライベートなスケジュールを組むことが難しい。
- がん治療の進歩は早く、数年ごとに治療法が変わる。先人の経験は、現在と同一ではないことがある。
- 治療中、新たな病気にかかるリスクがあったりする。
- 根治が難しいと判断された場合、緩和ケアへのシフトも考えられる。
③スケジュールが読めない
- 突発的な通院がザラにあるので、復職後の社会生活に不安を感じる。
- 病院側やこちらの都合が合わず、治療スケジュールが変更になることがある。
- 副作用が激しい場合、治療が一時中止になる。治療再開のメドが立たず、結果的に治療終了の見通しが立たない。
- 治療スケジュールの全体感が掴めないので、社会復帰の予測が難しい。
- これらを理解してもらえることが少なく、説明しても着地点が見えない。
④収入面で不安
- 傷病手当支給までの待機期間がかなり長く、お財布的に厳しい。
- 休職期間の期限があり、それまでに復職できない場合は退職となる。転職もしにくい状況で、収入に不安がある。
- 貯蓄の有無に関わらず、治療期間が長引くと何かとお金の問題が生じる。
- 各種給付には期限や限度額があり、何かしら収入を得る必要は感じている。
- 「健康第一」とか「今は治療に専念して」と言ってもらえても、なんだかんだ、お金は大事だよ。
⑤社会人として不安
- 治療のためとはいえ一時的に社会から離れるのは、疎外感や孤独感を強く感じてしまう。
- リアルな友人や同僚、関係者とのコミュニケーションの減少も、寂しさを増幅させる要因のひとつ。
- 孤立感や治療への不安、精神的ストレスでフルコンボ。この先、どうなっちゃうの?
- 社会復帰できた際のポジションはあるのか?だとか、業務内容をこなせるのか?といった不安がつきまとう。
- がんを経験し、社会人としての価値観や考え方が変わることがある。
・・・ざっとこんなところです。
いや、ね。不安だとか心境の変化を最初から理解してくれる一般人なんて、いるわけありません。実際、がんとわかるまでのわたしも、がんに対する知識がほとんどなかったし、過去に病気を公表した友人の気持ちなんてわかりゃあしませんでした。ごめんなさい。でも仕方ないとも思うんです。人間、経験していないことは想像できなかったりするものです。
わたしは①〜⑤までいろいろ感じましたけれど、気が付くと季節が代わり、過去に担当していたお仕事も着々と進んでいるようで、そうなると社会から取り残されて、ポツンと孤独な気持ちになったんですよね。社会はまわっている。わたしは止まっている。これから先、この差をどう埋めていくんだろう?埋められるんだろうか?って。
そして、突然「ああ、わたしは孤独で、ひとりでがん細胞と戦っているんだ」と思ったんです。日曜劇場「VIVANT」よろしく広大な砂漠にひとりぽつんとしているような。或いは、命綱もなくとてつもなく高い山頂に立たされているような。
この「孤独」を感じながら副作用の強い抗がん剤に取り組んでしまうと、ダークサイドに落ちていく気持ちになったりします。そんな時に「諦めないで!」「絶対治るから!」とポジティブに励まされたりしちゃって。息をするだけで精一杯なダークサイドのわたしは、まぶしい応援の言葉に苦しくなったりもするわけです。無論、真矢みきも発言者も全く悪くありません。受け取り側の問題です。
副作用が落ち着いた頃、改めて振り返ってみると、社会人としては、「ずっと属していた社会との繋がりが途切れるのは、そういう孤独感を味わうのだな」と思いました。お友達との会話で十分な共感を得られない時には「専門知識がないのだから伝わるはずがないし、100%の理解を求めてはいけないな」とも気付きました。それを求める相手は経験者じゃないとダメなんです。なので、がんサバイバーとしては「同じ仲間との情報交換は大事だし、共感や息抜きに助けられる」と感じました。
良くも悪くも、そういうものなのでしょう。うん、そういうものなのです。
孤独な闘病の合間に楽しみを設定する
ひとつ注意を呼びかけたいのですが、こちらに記載していること完全にわたし個人の話です。術後4ヶ月でグイグイ歩き回れる体調の良さ・体力があり、食事もある程度こなせる状態だからできることです。まったく参考にならない場合が多いと思うので、どうかn=1の話だと読んでください。これがスキルス胃がん患者のデフォルトでは決してありません。
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自宅療養を続ける中で、少しずつ食べられる食事の幅が広がり、外に食べに出る余裕ができました。最初は迷惑をかけてもフォローしてもらえそうな家族と。次に、私の事情を理解してくれる友人・関係者と。そしてひとりで歩き回る…といったように、リハビリ的に少しずつ広げていきました。訪れるお店も、顔馴染みで甘えられそうな飲食店をチョイスしつつ、トライ&エラーを繰り返しました。
孤独な闘病から救ってくれたのは、コレでした。人との繋がりを再認識し、好きなものを食べ飲みして、会話を楽しみ、心から満たされました。抗がん剤の休薬期間に楽しいことを詰め込みながら、闘病をポジティブに受け入れる用に心がけています。
その中で、友人や関係者がシンプルに、時には恐々と質問を投げかけてきます。たとえばこんな調子です。
- もう普通に食べられるの?(回答:結構食べられるよ!消化に悪いもの・繊維質は回避することがあるよ!)
- お酒も飲めちゃうの?(回答:休薬期間はわりと飲んでるよー!)
- 回復早いね!(回答:人によるよ!わたしは順調すぎるくらい。でも、他の人のSNS見てると食べ飲みできない・出歩けない人もいっぱいいるよ!)
- もう新しい胃ができたんだね!(回答:胃はできないよ!www 胃と同じように消化できない・消毒できないから、食べ物や鮮度に気をつける必要があるよ!ちなみにお腹も下りまくるよ!)
- もうお刺身食べられるの?(回答:術後3ヶ月経過して主治医にOK貰ったから、めっちゃ食べてるよ!生魚めっちゃウマい!!)
- 坊主、似合ってる!(回答:ありがとう!www もっと言って!www)
- 頭の形良いね!(回答:よく見るとそうでもないよ!結構絶壁だよ!www)
- 病気と知ってなんと言えばよいかわからなくて… ほんとにごめん…(回答:大丈夫!わたしも自分が病気になるまで、なんて言えばよいかわからなかったし。そんなもんだよ。むしろ、ご心配おかけしてすみません!)
- でも顔色も良いし、なんでも食べられるし、ほんとよかった!(回答:でしょ?結構ふつうに食べ飲みできるんだよ!でもこれも個人差大きいから、わたしがデフォだと思わないで!SNSやブログを検索すると、苦労してる人の方が多いよ!)
同席者によって会話の流れが異なるので、その先は個別の展開になりますけれど、だいたい上記のような話は必ず経由します。わたしは「なんでも聞いてー!どうぞどうぞ!」というスタイルですから、健康な友人たちからの率直な質問には、可能な範囲で回答しています。なんの会話をしても楽しいし、精神的に救われるし、助けられています。ほんと、みんなありがとう!!
みなさんと会話してありがたいなと思ったのは、回復を喜んでもらえること。食事やお酒の場を共有することでホッとしてもらえること。そしてこのブログやSNS投稿を通じて「定期検診/受診に繋がった」という報告をもらえること。どんな反応でも嬉しいものです。5年生存率を上げるブログを公開してよかったな〜。
インターネット上での交流にも助けられている
リアルな社会での交流はもちろんですが、インターネットでの交流にも助けられています。
たとえばリプライをいただいたり。DMでご連絡をもらったり。ブログ読者からはメールフォーム経由で連絡をいただいたり。これまでどれほどのエールを貰ったことでしょう。気にしてもらって、応援までいただいて。ありがたいことですよね。この時代でよかったなぁ。
インターネットが身近にあることで、たとえば副作用で終日横たわってるだけの肉塊的な日であっても、指先ひとつで誰かとのつながりを確認できます。フォロワーさんとやりとりすることで「社会的に孤立していない」「がん治療は孤独じゃない」と正常に頭が働いて、精神安定に繋がったりするものです。ほんとネット社会でよかったなぁ。
ついでに、こんなこともありました。
先日、飲食店でごはんを食べている時に「ブログ見てます!応援してます!頑張ってください!」とお声がけいただきました。ネット上のプロフと比べたら髪の毛はないし痩せてるし、外見だいぶ変わってるのによく気付いてもらえたなぁ。ただのブログを書いてる一般人なのに、ありがたいなぁと思いました。
喜びすぎて体温ブチ上がりして43度くらいになって、体内に残ってるかもしれないがん細胞が死滅すればいいのに!笑(がん細胞は42度で死滅するという話がある)
推しごとは絶対やめない
がんになって何が一番しんどいって、抗がん剤治療です。
抗がん剤治療は地味でわかりにくく、治療期間は長く、副作用はキツく、期待した結果が得られないこともある…など、しんどい理由は様々あります。入院・手術は一般にイメージしやすく「胃を取っちゃった!」と説明しやすいし聞き手も理解もしやすいけれど、抗がん剤治療は患者によってケースバイケースで理解されにくいんですよね。
だからこそ「孤独な闘病」なわけで、キツさに加えて「誰にもわかってもらえないんだなー」と思うと、どうしてもネガティブな気持ちになってしまうのです。これはね、もう仕方ないことなんです。患者自身もこの先のことはよくわからないのに、周囲の人はもっとわからないでしょ。
そこで心の支えになるのは、趣味の存在です。趣味に没頭できればツラさを紛らわせたり、多少の気分転換にもなったりするわけです。わたしの場合の趣味、それは推し活です。
わたしには20年以上推しているミュージシャンがいて。ご存知の通り、SEX MACHINEGUNSのAnchangなのですけれども。18年前にリリースされた曲「Heavy Metal Thunder」には、これまで様々なシーンで勇気をもらってきました。今回の闘病もそう。イントロのツインギターからシビれるよ〜!この記事を目にした読者さんには、ぜひ「いいね」の代わりに再生ボタン押しまくってもらいたい。
ゆし豆腐メンタルなわたしは、この曲の歌詞「もやしのお前にはこいつがいるのさ」と「軟弱な体には棘と鎖を」がツボで。もやしで軟弱なわたしにはヘビメタ=推しが必要なんですよ。これ、100%わたしの感性なので他の人に理解してもらおうとは全然思わないけれど。ともかく、ほんと音楽って素晴らしいなー、推しって尊いなーと思うわけです。
ついでに言うと、ライブ遠征してステージを眺めずとも、推しがSNS投稿するだけでもニヤけるし、気分アガるし、めっちゃ嬉しい。幸せ。もっとSNS投稿クレクレー!笑
病気だし、抗がん剤の副作用でヒーヒー行ってたりするけど、それでも「推しごと、ぜってーやめねーぞ!!!」と思うのは、わたしのメンタルを支える一要素になってるからです。推しごとを諦める時、それはワイが絶命する時だゼーット!
心の支えを分散し、安定させてる
ということで、長々と書いてきました。今回の記事は7000文字近くある。長い。笑
抗がん剤治療中の副作用は、永遠に続くものではなく、いつか抜けるものだと思っています(いまのところ)。副作用中の孤独感、それを乗り越えるためには、①リアルな友達・関係者との繋がり、②インターネット上での繋がり、③推しごと。いや、③はあまり社会的な繋がりはなくて、完全にわたしの趣味ですけれど、ともかくこの3点に概ね支えられています。
社会から完全に切り離されて孤立しているわけではないものの、ネガティブな時には正常な判断ができずに、そういう錯覚に陥ったりすることもあります。なので、体がラクな休薬期間には、リアルな友達・関係者らと積極的に会って話をする機会を設けたいなぁと思うのです。それが気分転換に繋がるし、社会復帰を諦めないことにも繋がるような気がするから。
余談ですが、「ラジバンダリ」のダブルダッチって、13年前に解散してるんですね… 時の流れ早過ぎ問題… その調子で、抗がん剤治療期間もあっという間に流れてってくれ〜!!
終わり。