先日、スキルス胃がんで胃全摘したユッキーです。
5年生存率を上げるブログ内の「わたしとスキルス胃がん」では42歳でスキルス胃がんになり、入院・手術・術後の抗がん剤治療をする中で思ったことをまとめています。
今回は、スキルス胃がんを公表した際、多くの方にいただいた声掛けについて綴ります。まわりにがんなどの病気を抱えたお友達や知人がいる方で、どう連絡すればいいか悩んだ方は、ぜひご一読ください。
ことのあらまし
もしかすると、このブログに初めて訪れた方がいるかもしれないので、病気と診断されてから現在に至るまでの流れをザクッと掲載しておきます。スキルス胃がん患者としての経歴です。
スキルス胃がんと診断されたのが2023年3月下旬、胃全摘の手術日程が決まったのは4月11日のことでした。手術をお願いする病院の初診日から、わずか9日後には手術室に入り、胃を全摘出しました。
わたしは病気を公表してから、ブログやSNSで発信をしています。公表する・しないは病気になった患者本人の考え次第です。わたし自身も、公表するならどんな形にしようか悩みましたし、とても勇気が必要なことでした。
病気公表をみた側からのリアクションは様々で、DMやコメントで励ましの声や驚きの声が目立ちました。ほとんどの方が応援してくださったと思います。ネガティブな声は見当たらなかったんじゃないかな。
意外と多い「闘病中の友達への声掛けがわからない」の声
今までやりとりした方の中から、ちらほら見受けられたのが「病気だと知って、なんて連絡すればいいか、わからなかった」という言葉でした。わかる、わかりますよ。なんと言えばよいか悩み、迷いや不安が生じますよね…
この「なんと連絡すればいいかわからなかった」は1〜2件ではなく、寄せられました。おそらく勇気を持ってそう教えてくれたのは氷山の一角で、同じように感じてる方は、実はもっと数が多いのかもしれません。
もしかすると「治療で忙しいだろうから」「大変だろうから」と遠慮して連絡しないケースもあるでしょうし、相手との関係性によっては「いっぱい連絡が届いて返信がまわらないだろうから、遠慮しておこう」と思う方もいるかもしれません。
受け取る側の患者もいろんな方がいますから、どう感じるかはわかりませんよね…。でも、少なくともわたしは連絡をもらって嬉しかったし、勇気をもらえたし、相手とのコミュニケーションを通じてとてもよい気晴らしができました。
だからこそ、この記事の読者に伝えたいことがあります。「遠慮なんていらない。一言でいいから、連絡しよう」と。
あなたの連絡が、孤独な闘いの支えとなる
病気との闘いは、わりと孤独なものです。
いくら家族でも、経験していないことは理解してもらえなかったりします。病気以外でも、そんなものだと思います。がんという病気は、誰しもが通る道ではありませんから、家族・仕事の関係者・友達らが理解できないのは仕方ないことです。
でも、状況を説明しても、相手の反応から理解してもらってる感が全くなくって。一度説明しても理解できていないから、説明を繰り返すしかなく… まるで雲を掴んでもらっているような感覚でした。そんな理由で、闘病開始直後は孤独感が伴いました。
だからこそ、いろんな方からのエールが心に響くのです。
抗がん剤の副作用で頭髪が抜けまくった時や、具合悪くて横になっている時、ロクな食事ができない時、ダークサイドに堕ちるほど心がやつれてしまった時。そんな時に寄り添うような連絡をもらっては支えられ、ヤケにならずに済んだし、心を軽くしてもらえました。
直接面識のない方からの、「何もできないけれど、応援してます」「頑張って乗り越えてください」「SNSの投稿、楽しみにしています」という様々な言葉に救われました。SNSのリプライやDM、ブログ経由のメール連絡、それに「メディアを通じて病気を知った」とお手紙を書いてくださった飲食店の方もいらっしゃいました。わたしのために連絡の時間を割いてもらえるなんて、とってもありがたいことです。ここまで連絡をいただけるとは、正直思っていませんでした。
それに加え、同じ病気の方はもちろん、同じ抗がん剤や他のがん治療経験者からの連絡はより深い話ができて、とても満足度の高いものでした。がん治療経験があるから、いかに厳しい状況かも想像ができますし、共感もしてもらえます。敵のがん細胞を相手に、どう戦い抜くかのレクチャーをしてもらっている気分で、いろんな学びがあるのです。
休職により社会と断絶し、部屋の片隅でひとりベッドに横たわる日々でしたが、皆さんからの連絡で孤独感が薄まり、副作用の辛さ・苦しみや、死への恐怖感から解放してもらえたのだと実感しています。人の温かさにわたしは救われたのです。
わたしが連絡を遠慮した友達の死
自分の経験から「遠慮なんていらない。一言でいいから、連絡しよう」と書きました。ですが、病気以前のわたしも「闘病を公表した友達に、なんて声掛けすればいいかわからない」と思っていたひとりです。
以下、わたしの経験を少し綴ります。
ある日、病気を公表した友人がいました。
私は躊躇し、結果的に連絡をしない選択を取りました。
いま、その人に連絡しようにも、手立てがありません。
その友人はもうこの世にいないから…
詳細は避けますが、その友人が公表した時には深刻なステージだったと思います。想像でしかないけれど、おそらく根治を目指す治療ではなく、終末期医療に振り切ったタイミングでがんを公表したのだろうと思います。
友達はとても優秀な人でした。勤務先では将来を期待されていたことでしょう。また、幼い家族を抱える親でもあったので、わたしはがんの公表を見て、少なからずショックを受けました。
少し間を置いて、友人にDMを送ろうと思いました。ですが、タイピングが進みません。なにを言葉にすればいいのかわからなかったし、友人の投稿に対し大量のコメント数がついていました。きっとDMも多数届いたことでしょう。体の機能が低下していく中、それらを捌く行為は相当の負担ではなかろうか?と思い、わたしはDMの画面を閉じました。
振り返ると、それっぽい言い訳を探して、わたしはDMを送らなかったのです。
友人に送れなかった・送らなかったにも関わらず、自分は多くの方とのコミュニケーションを通じて支えられ、助けられています。この状況が卑劣に感じられ、時に重たい気持ちがのしかかります。
何故あの時、友達に連絡しなかったのか。
今となっては遅すぎるし、いくら後悔しても友達は戻りません。
なぜ一報を入れなかったのか。
当時の考えや背景があるとしても、振り返ると言い訳でしかありません。
わたしは一生後悔し続けるし、行動に出なかった自分を呪い続けるでしょう。
それでもきっと赦されません。
だからせめて、同じことを二度は繰り返したくないし、行動を変えようと思うのです。
かけるべき言葉の正解とは?
わたしの元に届いた「病気のユッキーさんに、なんて声掛けしたらいいかわからない」という連絡に対し、わたしはまず、感謝を伝えるようにしています。なんせ「わからないけど連絡してくれた」わけです。とても勇気のいることでしょうし、思い悩みながら言葉をなんとか紡ぎ出してくれたことでしょう。それって、とってもありがたいことです。
正直なところ、病気を抱える人へかけるべき言葉には、正解がないと思います。相手との関係性もありますし、深刻さ加減によって大きく変わるでしょう。だからこそ「わからない」のです。それは普通のことです。
わたしが病気になって声掛けしてもらった連絡に、優劣などありません。どれもこれも心の支えになったし、どんな言葉もありがたく頂戴しました。だから、なんて連絡しても良いのです。闘病中の友達への連絡という行為自体がエールだと思いますし、最適解なんてないと思うんです。
だから「なんて声かけすればいいかわからないけれど」と混ぜてもいいと思うのです。それって、病気と知って驚いたという本心ですから。慣れないことだから、驚きを率直に伝えたっていいと思うんです。送信先はお友達なのだし、素直に、正直に、遠慮せず、思った言葉を伝えればいいんじゃないかなぁ。
どのような形にせよ、すべての人間はいつか亡くなります。相手が先か、自分が先か。それは誰しも選べません。だから、何か心に響くことがあったなら、どうか後悔しない選択をとってください。
あとがき
ということで、まわりの友達にがんを含めた病気を告げられた時に、どんな連絡を入れたらいいのか?という悩みに対して、わたしなりの考えをまとめてみました。少しでも「声をかけることの大切さ」が伝わればいいなぁ。
わたしがしてもらって嬉しかったことが、他の患者さん全てが同じかといえば、それは違うかもしれません。ですが孤独感を伴う闘病中に、まわりと繋がっている・支えられていると思えることが、心の支えになったのは事実です。
友達との関係性が濃かろうが薄かろうが、どっちでもいいんです。戸惑いを感じている連絡でもよいのです。相手に想いを伝えず、わたしのように後悔を抱えてしまうことだけは、どうか避けてください。後々、想像以上のボディーブローがきいてきますから…。
連絡せずに相手がいなくなってしまい、それによって後悔する人を少しでも減らしたく、この記事をアップしました。どこかの誰かの参考になれば幸いです。
終わり。